Aさんへ
つながりを設立した時 『私の直感やけどあなたにかけてみるわ』
妻とのデート中に偶然会った数日後 『任意後見人に奥さんがなってくれない?』
僕がおかっぱ頭にした時 『何考えてるの!今すぐ散髪し直してきなさい!』
少しご無沙汰すると 『社名に込めた想いはなんなん?他の会員にこんなご無沙汰してないでしょうね』
僕がずっとAさんを担当してると 『もっと今の、これからのあなたの仕事をしなさいよ』
いつも厳しいながらも愛情を感じるご意見に、タジタジやったわ。気付いていたと思うけど。
自分の事は多くを語らず、エンディングノートに沿って質問すると 『そんなんは質問じゃなく、背景が大切だから会話で理解していくのよ』
何事にもハッキリしていて男前やったね。
一方でそれが人付き合いにおいて損するタイプだなぁと感じていたよ。
でもね、最期が近づいてきた頃、長年の友人の他に、長年会ってなかった友人が何度もお見舞いに来てたり、
最期も遠方から来てた友人を通してAさんのことをまだ誤解していた自分に気付いたわ。
このことを直接伝えたかったけど、言われへんかった。
最期になるだろうとなった頃 『あなたじゃなくスタッフのBさんに来てほしい』
気が利かへん僕ではなく、Bさんのことも直感で理解してたんやね。
そして僕の役割のためにも言ってくれたんやね。
ナースコールを握りしめていた姿を見て、僕の中でまた小藪さんの歌<プリン>が何度も回ってたわ。
ところでAさん。
納骨でAさんを一心寺にお連れしたスタッフCさんからの報告と共にあった写真。

インドボダイジュ?
命の「つながり」や安らぎの「想い」を感じられる場所として、大切に育てられてるんだって。
今まで眼に入らんかった。AさんがCさんを通して気付かせてくれたんかな。
<忘れねばこそ思い出さず候>
Aさんからこの書を頂いた時『私のことを忘れないでね』って言葉を添えられたからそのように思ってたけど
<あなた(僕)のことをいつも想ってるよ>だよね。
こんなに想ってくれてたのに何にも出来ひんかった。あの時の<プリン>から何にも変わってないわ僕。まだまだやね。
気付かせてくれてありがとう。
性格は変えられへんけど、今度会った時には褒めてもらえるよう僕なりに頑張るわ。
じゃあまたね。

